もともとこの日は
厄払いをする日とされていました。
昔の人々は紙で作った
人形で自分のからだを
さすって厄を移して川に
流していました。 |

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| ・女雛(めびな) と 男雛(おびな) |
女雛は十二単(じゅうにひとえ)に檜扇(ひおうぎ)、男雛は束帯姿に笏(しゃく)の正装で、内裏雛(だいりびな)と呼ばれるお雛様は、貴族の殿と姫のことです。
内裏雛(だいりびな)は、江戸時代からありましたが、現在のように一般的に普及したのは明治時代以降のことです。正式なひな飾りは五段、七段とされていますが、現在は男女二体の人形を飾る家も多いです。
昭和の初め頃から、男雛は向かって左、女雛は右に並べられました。これは東京式で、京都では旧来通り、左右が逆に並べられます。
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| ・ひな祭りにお供えする餅は、菱形(ひしがた) |
そもそもひし形は、ひしの実のような形という意味で、ひしというのは水草のひとつです。繁殖力が強い植物から、子孫繁栄に結びつけられました。
又、花びらの先端が合う形をしていたことから、先合い(さきあい)が、”幸い(さいわい)”に通じるなど、縁起のよい植物とされてきました。
それから、その実が草の実の中で最も堅いので、”身持ちが堅い”に通じるともいわれています。
ひし餅は、三色重ねがおなじみですが、元禄時代頃は、草色一色でした。その材料はヨモギではなく、ハハコグサ(母子草)をつぶした草餅。
ハハコグサとは、春の七草で知られるゴギョウのことで、草餅の別名として、母子餅という言葉もあります。
江戸末期には、真中が白い餅の三枚重ねになり、明治時代に、あずきで色をつけた桃色も加わり、三色になったそうです。
上から順に、紅白緑の重ね方は、”雪の下には若草萌えて桃の花咲く”という意味合いがあるそうです。 |
| ・雛あられ |
あられは、もともと旅や遊山(ゆうざん)の為の携帯食で、干したお米を炒って作っていました。桃の節句の起源は、野山で草花を鑑賞したり、神様をお迎えする祭りだったようです。
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